「胃ろう」という言葉を聞いて、
すぐに何のことか分かる方は、
それほど多くないのではないでしょうか。
家族や近しい方で胃ろうを造設するかどうか、
という選択を迫られる体験をしなければ、
中々身近に感じる言葉ではない方が多いものです。
胃ろうとは、
何らかの理由で口から食事をするのが難しい状態になった際、
胃に穴をあけてつないだチューブから、
直接栄養剤を注入することを指します。
高齢社会となった最近では特に、
高齢者に胃ろう造設をすること自体について
是非を問う議論を目にすることも増えました。
普段、考える機会がないにも関わらず、
その選択を迫られる瞬間が突然起こることも多く、
戸惑ったり混乱しながらした選択を、
後々後悔する…という方も少なくありません。
ここでは、胃ろう造設という選択で
どのような暮らし・人生となるのか、
一例としてイメージをお伝えします。
なぜ胃ろうが必要になるのか
高齢者で圧倒的に多いパターンは、
嚥下機能の低下です。
脳梗塞によって残った障害で嚥下機能が低下したり、
そもそも加齢により嚥下機能が低下しており、
誤嚥性肺炎を繰り返したり、
それらの治療のために必要だった絶飲食期間から回復できずに、
口から食事をすることが困難と判断されることが多いのです。
高齢で無ければ、回復力もあることが多く、
たとえ脳梗塞等で障害が残ってもリハビリによって、
また口から食べられるようになることも多いですが、
元々体力も嚥下機能も低下傾向にある高齢者では、
回復できない可能性の方が高いと言えます。
また、認知症の影響で食事拒否が強かったり、
認知症の影響が無くとも、
食事を食べたくないとしっかり意思表示をして
食事量がゼロに等しくなる方も居ます。
どのような理由であっても、食事が出来なければ栄養が取れず、
やがて最期の日を迎えることになりますが、
そうした最期の日の迎え方で良いかどうかは、
人それぞれ考えが違います。
一日でも長く生きたい・生きていてほしいという方もいれば、
医療に頼らず自然な形でその日を迎えたいと考える方もいます。
一日でも長く生きたい・生きていてほしいという方にとっては、
胃ろうが一つの手段となるでしょう。
しかしながら、胃ろうは一度造設して始めると、
「やっぱり辞める」という判断は
胃ろうを継続することが命に関わるような状態でない限り、
困難であることがほとんどです。
人間には必ず寿命、身体機能の限界がやってきます。
どんなに栄養を取っても身体が栄養を吸収できなければ、
別の問題が発生する可能性も出てきます。
胃ろう造設を選択する時は、
その時点で必要かどうかだけでなく、
選択した後どのような暮らしになるか、
どのような問題が発生する可能性があるかまで
考える必要があると言えるでしょう。
胃ろうの暮らし
実際に胃ろう造設をするとどのような暮らしになるか、
ここでは筆者の働く特別養護老人ホームの一例を挙げてみます。
7:00 整容・口腔ケア・オムツ交換・体位交換
9:00 看護師により体位交換・栄養剤の滴下開始
10:00 介護職員により白湯の追加
10:30 滴下終了
11:00 オムツ交換・体位交換・口腔ケア
12:00 看護師により体位交換・白湯の滴下開始
13:30 滴下終了
14:30 オムツ交換・体位交換
16:00 看護師により体位交換・栄養剤の滴下開始
17:00 介護職員により白湯の追加
17:30 滴下終了
18:00 体位交換
20:00 口腔ケア・体位交換
以降、朝まで1時間おきの様子観察、2時間おきの
体位交換、4~6時間おきのオムツ交換
この他、便秘になる方が多いため、
便秘日数によって、下剤や座薬を使用し排便を促したり、
週2回入浴したり、
痰の量が多い方は定時で痰の吸引を行ったりします。
体調やその方の座位可能な時間によって、
リビングで過ごす時間や散歩をする時間を作る
ケアプランとなる方も居ますが、
多くの方は大半の時間を居室で過ごします。
介護職員が環境面でできることとしては、
介助時の声掛けに加えて、
音楽やTVなど、
ご本人が好きな娯楽に触れられるようにすることです。
胃ろうの滴下開始は原則、
看護職員が行わなければならないため、
対応可能な時間に限りがあります。
胃に繋がったチューブで栄養剤を滴下するため、
滴下中は動くことが困難なため、
1日3回の胃ろう滴下中は、
どうしても行動に制限が出てしまいます。
胃ろうのトラブル
胃ろうでよくあるトラブルには、
胃に繋がっているチューブ周辺の皮膚トラブル、
栄養剤滴下後の嘔吐、認知症等による自己抜去、
排便コントロールの困難さ
(便秘症、もしくは下痢が日常的に続くことで起きる皮膚トラブル)
などがあります。
特に栄養剤の嘔吐は、
嘔吐物を誤嚥することで誤嚥性肺炎を起こし、
命に関わることもあります。
栄養剤の嘔吐は、
滴下後すぐにベッドを平らにしたり、
体を動かしてしまうなど不適切な対応で起きてしまう場合もありますが、
滴下後、何時間も経過してから嘔吐するような場合は、
消化機能が追い付いていない場合もあります。
そのような場合は、主治医の判断で栄養剤の種類を変えたり、
量を減らすなどの対応をされることがあります。
身体には必ず限界がくるということは、
どのような選択をしても理解が必要な点であると言えます。
自己抜去とは
自己抜去とは本来抜けないように
造設されている胃ろう部分を
ご本人が理解できず引き抜いてしまうことです。
介護施設では特に、
(胃ろうを抜かないように)
ミトンをつけるなどの身体拘束は原則行えないため、
人によっては複数回自己抜去を繰り返す方も居ます。
自己抜去してしまった場合、
早急にチューブを入れなおす処置を
してもらわなければならないため、
救急で対応が必要となる可能性が高いです。
また、通常半年に1回ほどのペースで
胃につないでいるチューブを交換するために、
処置を受ける必要があります。
介助者としては、
胃ろう周辺の皮膚トラブルが起きないよう清潔を保つこと、
滴下終了時刻から最低30分は
ベッドのリクライニングをフラットにしない
(個人により必要な時間が違う場合があります)、
口腔ケアをこまめに行うなどの注意が必要になります。
胃ろうの方の口腔ケアの必要性
口から食事をしないのに口腔ケアが必要なのか?
と思われる方もいるかもしれませんが、
口を使わなくなるからこそ、口腔ケアが重要になります。
口腔内が乾燥すると、汚れがこびりつき、
唾液の自浄作用で一定に保たれるはずの雑菌が増えてしまいます。
口腔ケアが不十分なことでその雑菌を誤嚥し、
誤嚥性肺炎になる可能性を高めることになってしまうため、
口腔ケアは重要になります。
まとめ
普段、見聞きすることの少ない「胃ろうの生活」を
イメージすることができたでしょうか?
「胃ろうで安定して栄養が取れているからこの先永遠に安心」
ということもなければ
「食べられなくなった家族に何もしないのは非情なこと」
ということも無いということが少しでも伝わることを願います。
高齢者は特に、
様々な場面で最期の日について考えざるを得ないことが増えますが、
看取り介護を数えきれないほど経験した筆者が感じることは、
「どう死ぬか」ではなく、
「最期の日までどう生きるか」が大切であるということです。
多くの高齢者は看取り期に近づけば近づくほど、
会話することも難しくなります。
ぜひ、大切な方と会話が出来る時に、
「最期の日までどう生きたいのか」
を話す機会を作って頂ければと思います。
家族が要介護者の命について全て決めるのは
とても重い決断となりますが、
その人生の持ち主であるご本人の意思を聞いておくことで、
その責任を分け合うことができるとも言えます。
突然、胃ろうについての選択を迫られることになったとしても、
出来る限り後悔のない選択ができるよう、参考になれば嬉しいです。